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昨日の診察、治療結果 

-2014年10月23日(木)-
昨日、22日は診察、治療及びCT検査だった。
担当のK医師は休みで代理でO医師の診察。

9:00前後 いつもと変わらない時間で自動受付機で受付を済ませる。
その後、窓口で保険証の確認。
採決ルームの前にある血圧測定器でセルフで測定。

脈拍数 60
最高血圧 102
最低血圧 60

低血圧なのだ。上が90台な時もしばしば。

9:15頃呼ばれ採血。
その後処置室で看護師さんによる問診。
血液検査の結果がでるまで45分くらいかかるので早くて10:00から診察だがたいてい10:15以降。
だがこの日はO医師が自分の担当患者以外にK医師の担当患者も診察 (全員かどうかは知らないが )している為待たされる。

11:30呼ばれる。
いつもなら点滴を始めている時間だ。

O医師「ふむ。白血球は少ないけどいつもと一緒だね。他に問題となるようなところも無し。治療はOKだね。」
   「腫瘍マーカーは…。上がっているね。まあこれは必ずしも腫瘍が大きくなったからとは言えないし、がんでなくとも上がることも有るからね。今日のCT検査と見比べて次回K先生の診察でってことで。」
俺  (えーっ!どのくらいあがってる?よく見えない。47…。基準値って50くらいだっけか。)
O医師 「食事は摂れてる?」
俺  「ええ、必要以上に。」じつはここ一ヶ月ほどで1Kgほど増えた。
O医師 「それはいい。それが一番大事だからね。」

いつもの担当とは違うので何か違う意見や見解が聞けないかと思ったが、こちらからも特に聞く事が無く、まあ、K医師とほぼ変らないやりとりで2〜3分で終わった。

11:38分 治療室に行く。
待たされる事無くベッドに案内され、すぐに針も入れられたが一度失敗された。
この時の担当医の顔を見たとき嫌な予感はしたんだよなー。今でも失敗した方の痕を指で押えると痛いんですけど。

12:20 まだ薬は来ない。
普段なら会計している頃だ。まあ13:40からCT検査があるから別に良いが。
ん?CTまでに間に合うんかいな。看護師さんを呼んだところ「来ました!」と。
13:20に点滴は終わりまあ程よい時間となった。

13:40時間通り。CT室に入る。
が、ここからがまた長かった。いつもなら20分、長くても30分で出てこられるのだがこの日は1時間!

15:00会計を澄まし駐車券の清算をする
いままでで一番長い診察、治療日となった。

気になる血液検査結果。

WBC 2.5 基準値4,0〜9.0 いつもと同じやね。
アミラーゼ 60 基準値37〜175
CEA 3.9 基準値0.0〜5.0
CA19-9 47.3 基準値0.0〜37.0

げっ!基準値こえてるやん。
なんかちょっと背中が痛い気がしてきた。
いやいや現実はしっかり受け止めつつも気持ちで負けてはいかん。
O医師の言うとおりまだこのくらいの数値ではまだなんとも言えんしね。

ちなみに今日は前回、前々回のように調子が悪くなることもなく、普通に出社できた。

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出張 

-2014年10月20日(月)-
今日は出張。大阪は和泉、ららぽーと和泉に向ってただいま御堂筋線車中。
自宅最寄りの駅からららぽいずみまで4時間半以上。日帰り。
帰りは23:00くらいかなー。

夏休み以降、仕事が忙しかったのだが、その中で大分出張があった。
前回の大分出張は約3年半前、膵臓癌が発覚する2ケ月程前の事だった。
飛行機に乗るのもそれ以来。
もう乗れないかもと思っていたが、再び飛行機から大好きな空が見れて本当に良かった。

地球が丸いって事が感じられる。
地球は丸い

降下中。雲の中に入っていきます。
太陽

次は家族で乗りたいなぁ。

泉北高速鉄道に乗り換え。
なんとか乗り換え案内どうりに行けた。
夏休み前に一度来てるとはいえ、なれない土地でしかも通勤時間帯で5~6分での乗り換えはキツイぜ。

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夏休み以降~診察結果及び体調3 

-2014年10月19日(日)-になってしまった。
せっかく書いていた記事を消失する件。
メモに書いておいてコピペすればいいじゃん。
メモならいちいち保存しなくても勝手に書いたとこまで記録してくれるし、意図的に操作しないと消えないし。
そういや前にそうした事あったな。忘れてた。
では前記事の続き。

9/24 熱があったが治療する。
それと、以前からテネリアという血糖値を下げる薬を服用していたのだが、症状(トイレが近い)が改善されない為、メトグルコという薬を毎食後に服用することとなった。

その日の夜、気分が悪くなる。
GEMの点滴の後なので毎回15:00頃から気分が悪くなるのだがいつもと違う。
胸やけがして吐気が強い。
翌朝さらに症状はひどくなっていて会社に電話し午前中は様子を見ることに。
だが一向に良くなる気配はなく、少量だが(胃液だけ?)吐いた。
化学療法を始めて今まで吐き気はあっても実際吐くことはなかった。
吐いたのは協力会社のAさんと呑んだ時(ビールやカクテル、ウィスキー等4杯ほど)と、忘年会で食べ過ぎた時(中華フルコース)だけ。
結局その日は休んだ。
術後の半年間の化学療法から、再発して再開し前日に至るまで治療翌日に会社を休む事は無かったのに。
メトグルコのせい?
副作用に、「服用してからしばらくは下痢や吐き気、嘔吐が続くことがあります。」とある。
これだ。今、仕事が詰まっていてこれ以上会社を休んではいられない。
落ち着いてから服用することとした。

この日(9/25)吐気や胸やけが治まったのは夕方。
家で仕事をしようと思っていたが全く出来ず、夜になって調子が出てきたのでPCにむかう。
気がつくと朝を迎えてしまい、そのまま普通に出勤。
…。何をやっとるんだオノレは。
昼間よく寝てたし無理して起きていた訳ではないけどもうちょっと考えろや俺。

実は熱が出たのはこの時だけではない。
8/23(土)にも38.0越えの熱を出している。翌朝まだ37.0度以上あったが現場にでる。久々の肉体労働で正直疲れたが熱は下がると思っていた。実際、家に帰って計ると平熱だった。
それから今日に至るまで度々熱が出る様になるが一日で下り熱のせいで会社は休んでいない。

メトグルコは仕事が一段落し休薬期間中、次の治療の3日前に服用してみたが下痢も吐気もおこらない。
どうやら体調が良くないのに治療(GEM)をうけたのがまずかった様だ。
ところが次の治療の翌日も気分が悪く午前中は様子を見て午後から出社した。
副作用が強くなってきている?

それと時々上半身が全体的に痒くなるようになってきた。よく見ると発疹が出ている。これはどの薬の副作用なのだろう。

便通は便秘と下痢を一週間くらいのサイクルで繰り返しているがどちらもそう酷くはない。

CTを見ても血液検査結果を見ても大きな変化は無い。
が、時々腰が痛くなるし、一日中だるい日が多くなってきているし、熱は出るし。
一方、調子がいい時は徹夜も平気だし、熱が出ても1日で下がるし。(その為の薬は飲んでいない。)
一体どうなってんのか、この身体は。

次回の診察治療は10/22。CTもある。
このCTの結果(11/5)を見て今後のどうするか考えようとK医師。
このままGEMとTS-1を続けるか、抗癌剤中止して様子を見るか、フォルフィリノックスを試すか、先ずはPET検査をしてみるとか。
自分でも対策を考えていかないと。

本文、タイトルとは全く関係ない写真。
T-REXコンニチハ
ヨコハマ恐竜展会場の向かい側ビル群。
このビル群、色味は変えたけど合成で増やしたりはしていない。
全く人の気配がしないというか、生活感がない。
まるでゴーストタウン。
こちら側は恐竜博を観に来た人達(家族が多い)で賑やか。
その対比が何だか不思議。
思わずビル群に向かって「ガオーッ(おーい)」って叫んでみたくなる。


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夏休み以降〜診察結果及び体調2 

-2014年10月16日(木)-
またやってしまった。
何がっていうと、ほぼ書き終えようとしていた記事が消えてしまった(泣)。
iPadで書いてると何かの拍子に誤ってジャンプしてしまい、戻ると記事が全部無くなっているという…。
途中で保存すればいいのだが、保存ボタンをクリックすると記事が途中なのにアップされてしまう。
その後記事を未公開にすることも出来るのだがブログ村の方には新着記事としてタイトルが残ってしまう為、それを見た奇特な読者がクリックしても記事が無い、もしくは途中だったりすると申し訳ないのでなるべく保存しないようにしていたのだ。
長文になりそうな時はiPodで書くのは止めよう。

本題ー

血液検査の結果。

検査日    8/20 9/10 9/24 10/8  参考値
アミラーゼ 61  47  58  64  37~125
血糖値   168  131  156  143 70~109
WBC    2.5  2.4  3.1  2.4 4.0~9.0
CEA    3.4  2.9        0.0~5.0
CA19-9  22.9  29.4       0.0~37.0

9/24のWBC値が高いのは前日38.0度の熱が出たから。
K医師曰く、「白血球がちゃんと機能してる証拠。」
この日の朝、まだ37.2度ほど熱があったがこのまま下がると思い治療(GEM)は受けた。

もっと書いていたのだけれど  続く。です。
眠い…。

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夏休み以降〜診察結果及び体調1 

-2014年10月12日(日)-
今日は一日中だるくて気持ち悪く寝てました。

昨日は午前中は息子の運動会。
運動会終了後一時的にグラウンドの真ん中にポツンと取り残された年長さんが作った山車。
なんだか寂し気でシュール…。
屋台

午後からは娘達の誕生日だったので外へ食事に。その後買い物をして予約していたケーキを受け取り帰宅。
ケーキ食べ過ぎた〜。

さて、夏休み以降の体調と診察結果。
一番気になるところは放射線治療のCT結果。
前回の放射線診察で治療の効果はしばらく時間を置いてから表れるとのことだったので期待してたのだが…。

撮影は8/20(水)、診察は8/28(木)放射線科。
レントゲン正面

正面からのCT画像ってなかなか見ない。
動脈(リンパ)にまとわりつく様に癌の影が映っている。

S女医「う〜ん。変わってませんねー。」
俺 「効いていない?」
S女医「少なくとも大きくはなっていないので効果がなかったわけではないですね。」
俺 (こちとら根治を目指しとんじゃ。これじゃあ効果無いのと一緒や。)
俺 「そもそもこの影、生きてんですかね、壊死してるってことは…。」
  「本来、専門のK先生に聞く事なんでしょうけど生検とかで調べられないんですかね。」
S女医「臓器の一番奥にあってまわりに重要な血管やら神経やらが絡み合っているとこなので難しいでしょうね。」
  「とにかく様子を見て行くしか無いですね。」

後日、K医師に同じ事を聞いたが答えは同じ。
ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影),EUS-FNA(超音波内視鏡ガイド下針生検)で日本で5本の指に入ると言うK医師がいうのだから間違いないのだろう。


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パープルリボンセミナーin東京、台風一過 

-2014年10月8日(水)-
今日は診察及び治療の為K東病院に来ており、待ち時間を利用して書いてます。

先日、10/5(日)にパープルリボンセミナーin東京2014に参加してきた。
(何故inだけ英語?)
台風の影響であいにくの天候だったが電車も遅れる事無くさほど影響は無かった。
講演の内容は7割方は大まかには知っている情報だったが、より詳しい内容を判りやすく説明して頂き、新たに知ったこともあって有意義な内容だった。
大体、俺は癌発覚から約3年半も経っているのに知らない事が多すぎる。
それは以前にも書いたが、ステージ4bと診断され余命まで宣告されたにもかかわらず、ジェムザールとTS-1の最もスタンダードな抗癌剤の化学療法で、大した副作用も無く腫瘍が小さくなり手術する事が出来き順調に回復をしていた為、必要以上に情報を収集しなかったから。
だが、昨年11月再発の兆しが見られ12月CT検査で再発確定。
状況は変わった。

開演前の僅かな時間、5~6分程度だったがこのセミナーに参加しませんかとコメントを下さったパンキャンのお手伝いをされているハマリョウさんとお話する事が出来た。
ご自分でおしゃってたとおり(メールでのやりとり)実年齢よりも若く見える(10才くらい?)気さくな方だった。

そこで聞いたパンキャン運営の実状。予算も人手も足りない現実。
代表の方からハマリョウさんも含めボランティアの方々、本当にご苦労様です、ありがとうございます。
僅かですが募金させて頂きましたが、俺は募金とは思っていません。これは自分への投資だと思っています。
タイムラグ問題、新薬の承認、その他の様々な事柄について私ども膵癌患者にご尽力されているパンキャン関係者様、先生方、他関係者様、感謝です。

13:00開会から16:30まで長丁場だったが充実した内容でそれほど長くは感じ
なかった。
ただ、最後のフォトセッションの企画はね。
ほとんどの参加者がこうゆうの初めてだったと思うし互いに知らない同士で、皆で写真撮ってがんばりましょーってのは特に日本人には難しいと思った。
俺は参加したけど。皆が参加していれば参加しなかったかも。
天邪鬼なんです。
いやいやそうじゃなくって、いやそうなんだけれども、開演前にハマリョウさんとお話しして前述のような思いがあったからというのはある。

11/2のパープルストライド東京2014にも誘われたが参加するかどうか未定。
どなたか一緒に走り(歩き)ます?

翌10/6(月) 台風一過
いつもより30分早い電車で出社。この時間での遅延はなかった。
ほぼ天気予報どおり午前11:00頃をピークに強風で地震と思うくらい会社の入っているビルは揺れたが(最上階の9F)、台風が過ぎた後は短時間で嘘の様に晴れ晴れとした空になり空気も澄み切っているように見えた。

事務所(青山)から新宿側を観た景色.
遠くの山々ではっきり見えます。
台風一過3

次回は夏休みから最近までの治療結果報告。


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2014の夏休み4(最終回)更新しました 

-2014年10月5日(日)-

雨ですね〜。こちら(関東)では明日がピークと予想されてますが皆さんのところはどうですか?
被害等遭われてませんか?くれぐれもお気をつけ下さい。

今日は12:30からパンキャンのパープルリボンセミナーに行ってきます。

さて2014の夏休み話も最終回。つづき。

24年前、24才(あ、前記事から今日までの間にひとつ歳とりましたが。)の時、あれ、そうだっけか?
もうちょっと前だったか。
ま、細かい事はどうでもいいとして、まだ暑さの残る秋口の午後の事だったと思う。

最寄りの駅からアパートに帰宅途中、線路沿いの細い道を歩いていると前から1台の車がゆっくりと近づいてきた。運転していたのは髪の薄い太り気味の白人系外国人のおっさん。
そして俺の横に来ると車を止めて英語で話しかけてきた。
どうやら道に迷ったらしい。
英語は中学生レベル(いやそれ以下)だが反対側(線路に対し)の米軍住宅に帰りたいようだ。
ここは一方通行だし、駅向こうまでいって踏切を渡って戻る感じでそれから…。
英語で説明できねえ。
俺「よろしかったら一緒に車にのってご案内しましょうか。」
てなことをジェスチュアと拙い英語で伝え助手席に乗った。

米軍住宅手前で「じゃあここで。」と降りようとすると「家に寄ってかないか。」と言う。
ほう。この先は普通入れるとこではないし、このおっさんの歳くらいからすると同い年くらいの子供がいそう。
友達になれたら面白いかも…。
と、思いOKした。どこかの大学の教授をしてるらしい。

米おっさん「飲み物は? オレンジ、アップル、ミルク…」
俺「じゃあオレンジジュースを。」
米おっさん「OK」
俺「ご家族は?」
米おっさん「アメリカに…写真。」
おっさんの指差した先には家族の写真が。
奥さんと息子、娘さんかな。俺より2~3才若いか。
ふ~ん。ここに居なくて残念。
俺「お子さんは2人…」
振り返るとそこには、

ズボンとパンツを下ろした髪の薄い太ったおっさんが立っていた。

(◯✖️△□!#%⁉︎オーマイガッ)

俺「NO! NO! I like girl ! I come back home !」(あってるかどうかは知らない。)
米おっさん「OK OK ゴメンネ ゴメンネ。」

1人でここから出ることは出来ない。ここはアメリカだ。
ゲートを出て少し先のところで車から降りた。
別れ際。

米おっさん「ユーはナイスガイね。」
俺 苦笑い「はは、さんきゅー。」😅

20ン年前である。
今でこそオネエキャラがもてはやされたり、同性愛者への(両刀のようだったが)認知、理解が高まっているが当時は(少なくとも俺の中では)、世の中にはそういう人もいるんだぐらいの認識程度だった。
ごく普通のいやそれ以下の地味な人生を送ってきた俺には相当の衝撃の(今となっては笑撃)出来事だった。
「😱まさか自分の身にこんな事が起こるなんて…。」

人生、思いもよらない事が起こる可能性が常にあるんだ。
良いことも悪いことも、確率が高かろうが低かろうが、それは常に。
だから俺は宝くじを買う派です。

笑いはとった。
が、何で良い話の後にンなことで締めるとNB君に笑いながら怒られた。

場はお開きとなり女性1人を含む数名で2階に上がり語った。
最後に女性を車で送り実家に帰った頃には4:00を過ぎていた。
気がつけば24h一睡もしてねー。

翌日 気分悪りぃ。
お袋、弟には何やっとるんじゃとお叱りを受けたが問題は寝てない事ではない。
食べ過ぎだ。それも肉の。
場の雰囲気に飲まれたこと(皆んなに食え食えとせまられた)、ほとんどお酒も飲まなかったこともあって手持ちぶたさに食べたことが要因だ。
もしタバコを吸ってたらこうはならなかったかもね。

3時頃、前日あまり話さなかったTが訪ねて来てくれたが頭はボーッとしたままだった。

8/15は16:00頃実家を出た。
案の定中央道が渋滞で、手前のSAで時間を潰し渋滞が緩和したとこで行こうと思っていたが全然解消されないので仕方なく嫁にハンドルを預けて帰宅の途に着いた。
帰りは行きと違って8時間半もかかってしまった。

8/16はゆっくり休んで17日は近場に買い物。
こうして2014年の夏休みは終わった。

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